Zon@ Japon 放送雑記



カテゴリ:スペインの中の日本( 16 )


J en E(スペインの中の日本) -16-

**この記事は、日西商業会議所発行の季刊誌「スペイン広報75号 2008年春夏合併号」に掲載されたものです**

「世界中で起こっている森林破壊の主要因の1つが牧畜です。もちろん牛に責任はないんですが…、現在地球上で飼育されている牛は13億頭に上り、家畜の3分の2を占めます。牧場を造るために森が切り開かれ焼き畑が行われています。1個のハンバーガーを作るために5平方メートルもの森林が犠牲になっているのをご存知でしょうか?この40年間で、南米の熱帯雨林の40%が輸出用の牛肉を生産するため破壊されてしまったんです」

 そう語るのは、ロンドン在住の書家・日本画家の屋良有希(ヤウラユキ)さん。アーティストとしての活動の他に、彼女はここ8年ほど、イギリスの大学やアートカレッジで「日本の自然環境」についての講義を行っている。

 そもそもの発端は、英国王立芸術大学(Royal College of Art)の大学院で取り組んだ、博士号修士課程のプロジェクトだった。進化論で有名なダーウィンの孫が学長を務めたこともあるという大学院の博物画とエコロジー研究科に籍を置き、「日本絵巻物及び博物画に於ける其の現代的適用」という論文制作にかかったのをきっかけに、日本の自然動植物と環境、日本人の思想、文化、それらの変遷といったリサーチを始めることになった。思いもよらなかった事実が明らかになるにつれて、幼い頃から生物に親しんできた彼女の興味は徐々に地球規模の環境問題へと広がっていき、大学院を卒業した今もこの調査・研究は続けている。一方でこのライフワークは如実に作品に反映され、不可欠な要素ともなっている。

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日本書紀の牛 © Yukki Yaura

 ここにお借りした写真は、「ロンドン・カウパレード」というチャリティーのために、有希さんが制作したオブジェ。各アーティストがデザインしたファイバーグラスの牛を、街頭展示の後オークションにかけ収益を慈善団体に寄付するという催しで、ロンドン中に等身大の牛が展示された。彼女は「日本書紀」の中から獣肉禁止令の部分を抜粋し牛に描くというデザインで出品。ちなみに、マドリードやバルセロナのギフトショップやミュージアムでも、ミニサイズになったこの牛が販売されているそう。

 「温暖化の原因の1つがなんと牛のゲップだそうです。それと牛によるメタンガスの放出、 酸性雨の主な原因であるアンモニアをはじめ100以上の汚染ガスも排出します。なぜかと言うと、 牛の糞は水分が非常に多いため窒素をすぐに空気中に放出してしまい、土に還ることがほとんどないんですね。そのまま固形化してしまいますから、簡単にいうと肥しにはならないんです。そればかりか、川に流れ出し水を汚染してしまいます」

 有希さんが英国で行っている講義の短縮版を、英語ではなく日本語でお話してもらえないだろうか?そんな思いつきから実現したのが、今シーズンのソナ・ハポンの「環境をめぐる日本と日本人事情」のコーナーだった。

 西洋のそれと比較した形で9ヶ月にわたりレクチャーしてもらった内容は、「なぜ日本には森が残ったのか」「日本人の思想・考え方が森を守ることにつながった理由」「縄文時代と縄文人と縄文食」「日本にはなぜ狼がいないのか」「日本人の感性と虫塚」などなど、とても勉強になるものばかり。インタビューは番組のポッドキャストページ(http://zonajapon.cocolog-nifty.com/blog/)に全てアップロード済みなので、ぜひ聞いてみてほしい。

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絵巻 © Yukki Yaura

 日本伝統の「思想」と「素材」を土台に彼女の「愛」がプラスされて生まれた日本画、水墨、書、絵巻、自然博物画、俳画、壁画といった作品は、これまでビクトリア&アルバートミュージアム、自然博物館、英国王立劇場などで展示された。また、ここスペインでも過去4回デモンストレーションを行って好評を博している。

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壁画 © Yukki Yaura

 公式サイト(http://www.yukkiyaura.com)には、映画監督のスティーブン・スピルバーグやピーター・グリナウェイとの仕事、これまで受賞した賞、著書、作品群が網羅されているので、こちらも1度チェックされたし!
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by zonajapon | 2008-10-09 20:20 | スペインの中の日本

J en E(スペインの中の日本) -15-

**この記事は、日西商業会議所発行の季刊誌「スペイン広報74号 2007年冬季号」に掲載されたものです**

 このコラム、タイトルが「スペインの中の日本」だからして、これまでスペインにやって来た、または住んでいる人々を取り上げてきたが、今回は「番外編」的に日本在住のスペイン人女性、ペピ・バルデラマさんを紹介したい。

 番組を聴いてくれている方にはお馴染みだと思うが、そう、彼女は「ソナ・ハポン」の今シーズンのコラボレーターの1人。東京から毎月1回「日本とスペインの文化比較」という切り口で、あれこれとレポートしてくれている。

 去年10月からインタビューもののポッドキャストを始めたことで、オンエアを聞き逃がした人や、日本で聴いてくれているリスナーからダイレクトな反応メールが届くようになった。アリガトウゴザイマス。

 「ペピちゃんの視点は新鮮」「最近日本に旅行するスペイン人が増えて、彼らが受けた印象をよく耳にするけど、長年住んでる人のカルチャーショック話はまた違ったおもしろさがある」「愉快なトーク」などなど、良好なリアクションが多く私も嬉しいかぎりだ。

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 文部科学省の奨学生として東京で生活し約4年になるペピさん、東京大学法学部で最初の2年を研究生として過ごし、ここ2年で修士課程に挑戦している。つい数日前、最後の正念場「卒論」のプレゼンを全力投球で終えたばかり。テーマは「日本国憲法とスペイン国憲法との比較‐天皇制と君主制に即して‐」。

 日本人の東大院生と一緒に、日本語で、しかも法律の勉強をするなんて…そりゃもう大変なことに違いないと想像するが、生まれつきアクティブな彼女は学業外でもフットワーク軽~くそのタレントを開花させているスーパー・ウーマン。

 まず文筆業。アメリカの出版社「ルル」からこれまで4冊の本を出版。最新刊は昨夏リリースされた詩集「スパイラル」。さらにバルセロナ自治大学時代(法学部と国際教養学部・日本文化学科を卒業)にバックパックを背負って旅した国々(フランス・オーストラリア・ニュージーランド・香港)と日本の事情を 「Portal de viajes.com」という 旅行ポータルサイトに執筆している。個人のブログも2つ運営している他、イタリアのバンドの作詞家として、また「モンキー・ビジネス」というアーティストグループのメンバーとして活動中と、まあとにかく、じっとしていることができない「書くこと大好き!人間」なのである。

 その上「奨学金だけじゃ生活は無理」と、複数の語学アカデミーでスペイン語・カタルーニャ語の講師もしているという。「一体いつ寝てんのっ?!」と思わずツッコミを入れたら、「実は…秋から卒論が猛烈に忙しくなったから、他のことは中断してソナ・ハポンだけに絞っている」と涙がチョチョ切れるセリフが返ってきた。

 「そ、そりゃ悪いね。忙殺されてるところ、ボランティア・リポートなんぞお願いして…」。お礼にクリスマス・プレゼントを熟考し「イタリア製の珍しい香水なんてどう?」と持ちかけると、「香水は着けないから…うーん…チョリソがいい。ずいぶんご無沙汰してるチョリソが食べたい!」とおっしゃる。花より団子ね。好きよ、そういう人。ええ、ええ、スペインNo.1のチョリソを贈りましょうとも。

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 ここに拝借した写真からも見て取れるように、彼女はシンプルで明朗活発、アバンギャルドで個性的、好奇心が強く行動的、ひょうきんだけどまじめ、そして柔軟かつ真っ直ぐに生きる28歳の女性だ。

 言うまでもなく頭の回転がとても速く、フリートークの妙も得ている。ソナ・ハポンのリポートはぶっつけ本番のほぼ1人喋りだが、無駄がなくポイントを押さえた内容を独特の語り口で聞かせてくれて、回を重ねるごとに私の感心&満足は大きくなっていく。「将来は弁護士よりジャーナリストの方が向いてるんじゃなかろうか?」と思ったりするが、本人は「筆で身を立てるつもりはない。でも仕事の合間に書くことは続けていくわ。ライフワークとしてね」とツレナイ。

 7月にいよいよバルセロナに帰り就職活動を始めるそうだが、どういう方向に進んだとしても有望なニューカマーとなるに違いない。

「スペイン広報」の編集者からも大ウケだった2枚の写真の提供:Pepi Valderrama
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by zonajapon | 2008-04-16 18:40 | スペインの中の日本

J en E(スペインの中の日本) -14-

**この記事は、日西商業会議所発行の季刊誌「スペイン広報73号 2007年秋季号」に掲載されたものです**

ずいぶん前から、マドリードに山澤伸(やまざわしん)さんというフォトグラファーがいると聞いていたが、これまでお会いする機会に恵まれず時だけが流れていた。

ところがこの春、日本の某雑誌が “スペイン初の日本人DJ”として私を取り上げてくれ、そのカメラマンとしてスタジオに現れたのが偶然にも彼だった。「もうすぐボクの写真展が開催されるんだ」と仰るので、「じゃあ、ぜひ番組でお話を聞かせてください!」と話はとんとん拍子にまとまり、個展オープニングの翌日、生放送に出演いただいた。

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5月9日~25日までマドリードの“ガリレオ文化センター”で行われた写真展のタイトルは、“カプリチョ・デ・コロール(色の戯れ)”。これは山澤さんが、92年~2003年まで毎年サン・イシドロ祭で撮り続けてきた闘牛シリーズで、今回のを含むと5回目の個展となる。全76点のうち21点が展示された。

中でも目を引いたのが、“フリップ”という素材を使って3枚の写真を1枚に収めた作品。1mx75cmの大判の写真の前をゆっくり移動すると、トレロが膝をついてムレタを操っているシーン、とどめを刺そうと構えているシーン、そして、まさに剣がトロの奥深く差し込まれたシーンが、立ち位置に応じて変わっていく仕組みになっている。アーティスティックな写真をこういったキッチュな素材にプリントする、という意外性は完全に成功していて、会場を訪れた誰もがこの遊び心に脱帽したのだった。

「インスピレーション源は、ボクが最も尊敬する画家・ゴヤの闘牛シリーズ“タウロマキア”と、小学校の美術の教科書で見て以来網膜に焼きついて離れない、“アルタミラの壁画”のビソンテたちの躍動感なんだ」そう。声を大にして言いたいが、彼の作品はこれまで私たちが見慣れている闘牛写真とは、全く異なるものだ。“写真”というよりぱっと見“絵画”のような印象を受ける。

「新聞や雑誌に載っている写真は“ドキュメンタリー”っぽい、と感じていた。主役はあくまで闘牛士。誰が、いつ、どこでやって、どういう結果になったかということに焦点が当てられている。TVの中継も同じ。血がドクドク流れているシーンや殺すシーンがクローズアップされて、あれじゃ生々しさや残酷さの方にどうしても注意が行ってしまう」。

だから闘牛には別段興味を持っていなかった。ところが、コリーダ好きの親戚に招待されてベンタス闘牛場を訪れてみると、そこにはTVに映ってなかった“闘牛以外の実にさまざまなこと”が繰り広げられていた。場を和ませのどかなアイレを醸し出す楽隊の伴奏や、持参のボカディージョを頬ばり、ビーノを回し飲みし、見知らぬ外国人にも往年の親友よろしく話しかけてくる観客たち・・・。「自分のいる空間が20世紀末のものとは思えなかった。ゴヤの時代にタイム・スリップしたかのようだった」。

と、徐々に“牛のなぶり殺し”ではなく“生と死、命がけの一世一代の勝負”を観戦する喜びが分かってくると、闘牛をもっと“総合的”に“文化”として捉えられるようになった。そして「この“クルトゥーラ”を自分の写真で表現したい」と撮り始めたのが、“カプリチョ・デ・コロール”だ。

ここに作品を2枚お借りしたが、ご覧のように、被写体が何という名の闘牛士なのかは重要視されていない。

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「この30年間こだわり続けてきたことは、自分の色を出すこと」。そう言い切る山澤さんの写真の色、光はさすがに美しい。私は鮮やかで、生きていて、透明感があり、かつ深みある色に惹かれるが、彼のコロールはその条件を十分に充たしているように思う。キーになる現像所に関しては、今でも妥協はしない。というか、できない。嫌がられようがケンカしようが、納得する色に焼きあがるまで何十回でもやり直してもらう。

このシリーズの他にも、山澤さんがじっくり取り組んできたアート写真は多い。それらは彼のWebサイトwww.shinyamazawa.comでたっぷり堪能できるので、ぜひともチェックを!

下の写真2枚:©Shin Yamazawa
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by zonajapon | 2007-12-21 00:05 | スペインの中の日本

J en E (スペインの中の日本) -13-

**この記事は、日西商業会議所発行の季刊誌「スペイン広報72号 2007年夏季号」に掲載されたものです**

2005年11月に木楽舎から出版された著書「ドン・キホーテ・デ・千秋」を携えて、堀越千秋(ほりこし ちあき)画伯が番組に遊びに来てくれた!ここ数年、スペインと日本をちょくちょく行き来している彼、割合的にはちょうど両国半分ずつの生活を送っている。掴まえるタイミングが難しくて、結局出版から15ヶ月が経ってしまった・・・。

「画伯」と書いたが、堀越氏のことは「マルチ・アーティスト」と呼ぶのがふさわしいだろう。画家、エッセイスト、カンタオール、陶芸家と4つの顔を持っている。「ドン・キホーテ・デ・千秋」はその「画」のパートと「物書き」のパートを合体させた、ある意味彼の仕事の「集大成」とも言える画集。
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<ドン・キホーテ本、冒頭部>

縦35センチ、横28センチと大判の書は全109ページで、持つとズッシリ重い。うち半分以上を占める画は、ファンタスティコ!の一言。その数約60点。これらを描き始める前に、氏はラ・マンチャをあらためて旅し、「景色を眺め、風を感じ、もちろん食べて飲んで(笑)、インスピレーションを高めてきた」と言う。それをマドリードのアトリエで2ヶ月かけて一気に形にした。鮮明で生き生きとした美しい色と、書家にも通ずる迷いのない筆運びが魅力で、私はまず画だけを先にじっくり鑑賞してしまった。そして、ドン・キホーテはこんな容姿をしてたに違いないと納得したのだった。これらは物語の「挿絵」として存在しているのではなく、やはりこの書の主役。ちなみに出版直前には、東京のスペイン大使館でこれらのオリジナル画の個展が華々しく開催されている。

一方、それに添えられる、と言うか、それらを引き立てて説明するように書かれた物語の方も、とても軽妙洒脱。「独特のユーモアが炸裂する“堀越節”が満載で、とにかく面白かったです!」と言うと、「山奥の庵で4日で書き上げたものだけど、その間まさに台風が1つ日本列島を横ぎっていった。雨漏りもすごくてね」ガッハッハ!と笑いとばした。さすが豪傑。彼にしか創り得なかっただろう「ドン・キホーテ・デ・千秋」は、あちこちでの評判も上々で、「あの宮沢りえ嬢からも絶賛されたんだ」とか。

多才な方に活躍の場が多いのは万国共通で、日本の雑誌・新聞・機内誌にエッセイと画を連載する傍ら、もはやスペインのもう1つの家族となっている「アグヘタ・ファミリー」の面々とフラメンコ・リサイタルも開催中だ。フジ・ロック・フェスティバルといった大きなステージから単独ライブまで、にわか(失礼!)カンタオールとなり各地で自慢の咽(唸り?!)を披露している。番組では、ヘレス・デ・ラ・フロンテーラのフィエスタで録音されたCDから、氏のソレアを1曲紹介したが、「自分の唄を聴くのはどうも落ち着かなくてね」と照れくさそうだった。

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<フラメンコを唸りたおす~♪>

また、画伯が近年熱中していることの1つに陶芸がある。3,4年前から借りているという前述の庵は、作陶のための拠点。粘土は信楽、焼きは穴窯(あながま)という作品群を私はまだ拝見していないが、陶芸を極める人の常、自作の茶碗で茶道をたしなみ、それが高じてついには庵の近くに自ら茶室を建て、そこに遠州流の家元がやって来るというのだから、これを「おそれいる」と言わずして何と言おうや!私も随分と昔に陶芸を、やはり信楽をかじったことがあり、登り窯や穴窯がどれほどコストがかかるかは知っている。「山だからね、薪は一杯あるんだ。その山の持ち主が友人だから、一緒にやろうよって誘ってさ」ガッハッハ!「泥と竹と紙とで造った茶室には電気もないし、雨も風も吹き込むけど、これもみんなの合作さ」ガッハッハ!

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<楽しく茶室(だろうか?)建築中!>

おおらかに自由に生きる、人間味あふれた堀越画伯には強力磁石のようなパワーがあり、周囲の人は誰もが引きつけられる。そのサークルはどんどん、どんどん広がりはや30数年(本人も何年スペインに住んでるか正確には知らないそう)・・・。いつお会いしても「幸」を満喫しているような氏からは、ポジティブなものしか受け取れない。羨ましくもあり、あやかりたくもあり。

・・・とここまで書いて、彼こそ「21世紀のドン・キホーテ」なのではないか?と思った。「どこが?」と突っ込まれても返答に困るのだけど(笑)。

写真提供:堀越千秋氏
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by zonajapon | 2007-09-03 20:20 | スペインの中の日本

J en E (スペインの中の日本) -12-

**この記事は、日西商業会議所発行の季刊誌「スペイン広報71号 2007年春季号」に掲載されたものです**

「料理学会に関しては、スペインは世界一の先進国ですよ。この規模とレベルは日本はもちろん、どこの国にもあり得ません」と驚きの、そして嬉しい発言をしてくれたのは東京「龍吟」のオーナー・シェフ山本征治さん。36歳にして「和のスーパースター」の異名をとる日本料理界の気鋭だ。

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ホセリートのスタンドでハモンを切る山本さん

今年に入って、1月の「Madrid-Fusión」、2月の「Fòrum Gastronòmic Girona’07」の発表者として立て続けに来西した。「これまで学会や料理フェアで7回来ていますが、もはやスペインは日本と同じくらい大好きな国です。最新の料理や研究成果を惜しみなく発表して、皆で共有する。誰かが公開したテクニックは、すぐに国内の料理人の知るところとなって、はては外国人シェフにまで伝授されている。公表することによって業界全体を前に推し進めようという新しい潮流は、この国から生まれたものなんです」世界に先駆けてそれを行った「スペインという国は素晴らしい」、またそんな環境が確立されていることが「羨ましくもある」と、感銘と共感を隠せない様子だった。

「(学会に)参加することに意味があるのではなく、参加して結果を残すことが大切」と言う山本さん、日本料理の精妙さと奥深さを見事に昇華させた講義は、毎回世界中から集まったプロの絶賛を浴びている。すでに重鎮シェフからも一目置かれており、例えばフェラン・アドリア氏は「是非エル・ブジのシェフを修行に送りたい」と真顔で申し出、フアン・マリ・アルザック氏からは「いつ僕のレストランに来てくれるんだい?」と熱心に誘われた。

そんな彼がシェフを目指したきっかけは何だったのだろう?「料理好きの母の側で料理が出来上がるまでの過程を見てるのが楽しくて、8歳の頃から母の手伝いを買って出ては一緒に作ってたんです。自分にはコレが向いている、やりたいのはコレだと決心した時からは、板前の道に進むこと以外考えませんでした」迷うことなく調理師学校に入学し、四国の老舗料亭「青柳」で3年、その東京支店で8年修行を積んだ後ついに独立。2003年末、今をときめく街・六本木に「龍吟」をオープンさせた。

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CBAの階段にて。右:副料理長の小澤さん 左:山本さん

常に念頭にあるのは「これまで学んできた伝統的でベースのしっかりした日本料理を提供しながら、新しい日本料理の進化を作り上げていきたい」ということ。メニューには ●東京湾の〝アナゴ〟と43℃の〝フォアグラ〟ル・レクチェと共に・・・、煮凍った出汁のエスプーマを添えて ●浜坂の〝松葉ガニ〟かきまぜて作るすり流し、〝ペリゴール産黒トリュフ〟のぜいたく仕立て ●龍吟〝ジビエ〟鹿児島県荒崎産野生の〝鴨〟炙り焼き、山葵醤油で仕立てて ●焼茄子を巻き込んだ"秋カマス〟瞬間スモーク仕立て、生姜風味のジュレと共に etc…とその言葉を裏付ける品々が並ぶ。飲みの物リストの7割をワインが占めるそうだが、いかにもマッチしそうな独創的なラインナップの数々に、暖簾をくぐったことがない私でさえ心が躍ってしまう。

魚の顔を眺めながら「僕だったら今日はこの魚をこう料理して食べたい」というところからメニューを考える山本さん。「自分の想いを形にできる店がありますから、今はストレス0(ゼロ)と言うよりマイナス5くらいです」と幸せそうにニコニコするが、人知れず重ねる努力があってこその賜物だろう。

ここだけの話、彼は尋常でない勉強家である。龍吟を創業すると同時に、ソムリエの資格とフグ調理師免許を取得した。学会で発表するための映像は、閉店後の深夜2時から何日もかけて専門家と撮影し、発表前夜は眠らずリハーサルに徹す。終了後はスペインから日帰りでロンドンの一流レストランまで足を伸ばす・・・と、私が垣間見た一部の横顔だけでも「完璧主義の権化」のような人と言える。

あふれ出るアイデアを、繊細な技とタフな精神を以ってクリエートする本物の職人Seiji Yamamoto・・・。あなたこそが「21世紀の真の日本料理」をグローバルに説くキャパシティを持った人だと信じている。しなやかに続くであろう挑戦を心から応援したい。


龍吟
東京都港区六本木7-17-24 サイド六本木ビル1F
Tel:03-3423-8006
営業時間:18:00~25:00
定休日:日曜祭日
http://www.nihonryori-ryugin.com
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by zonajapon | 2007-07-07 10:10 | スペインの中の日本

J en E (スペインの中の日本) -11-

**この記事は、日西商業会議所発行の季刊誌「スペイン広報70号 2007年冬季号」に掲載されたものです**

 今回は、今年6月にバレンシアで開催される『アメリカズカップ(以下AC)』に参戦するもう1人の日本人ヨットマン、鹿取正信さん(エミレーツ・チームニュージーランド所属)を紹介しよう。『チームニュージーランド』は、2004年から3年にわたって行われているチャレンジャー決定シリーズで、ランキング1位に就けるシンジケートだ。

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 セーラーの早福和彦さん(BMWオラクルレーシング)と脇永達也さん(ルナロッサ・チャレンジ)は、ACのいわば〝ソフト〟分野で活躍するヨットマンだが、鹿取さんは〝ハード〟分野である艇に係わるスペシャリストである。正確な役職名は、パフォーマンスアナリスト。

d0038733_23553181.jpg ACに使用されるのは『国際ACクラス』と呼ばれるこの大会独自の特別艇だ。1隻造るのにおよそ2万時間を要するこのハイテクマシンは、帆走の度にそのパフォーマンス状態がデータとして蓄積される仕組みになっている。風の力や速さ、マシンの歪みやスピードといった細かで膨大なデータは全てが数字で、専門家でなければ理解できない。鹿取さんはこれら難解なデータをチームメートが分かる形に〝翻訳〟し、艇を改良するため分析している。

 と言うとまるでオフィスワークのように聞こえるが、とんでもない、彼は1日の大半を海上で過ごしている。チームが毎日行うテストとトレーニングをサポート船で伴走し、艇からフィードバックされるデータをその場で解析。夕方入港した後大急ぎで資料を作り、彼が結果報告を行うところから全体ミーティングが始まるんだそうだ。

 今回で4度目のチャレンジとなる鹿取さんとACとの出会いは、学生時代に遡る。「大学では船舶工学を専攻してたんですが、なにせサッカー漬けの毎日で(笑)、全く勉強していませんでした。就職活動を目前にしてこりゃいかんと、研究室の先生に相談に行ったんです」偶然にも研究室は、92年大会の日本からの挑戦艇プロジェクトに協力していた。

d0038733_23564552.jpg 船舶とスポーツ、これまで自分がやってきたことが1つになったACを知った彼は、「そんな面白いものがあるのか!?」と目から鱗が落ちる思いだった。「まだ日本では未知の領域だから自分にもチャンスがあるに違いない」と、足掛かりを作るために大学院に進みヨットのセール研究に勤しむ一方で、様々な関係者に話を聞きに行った。最終的に、当時日本チームの艇を造っていたヤマハ発動機に就職し、実験部門に所属。翌年には早くも次大会のスタッフとしてACに参画できる幸運が巡ってくる。

 鹿取さんはデザインチームの一員として、艇の水槽実験やデータ解析を担当し、94年からは開催地のサンディエゴに常駐した。「自分にとって初めてのACだったので、全力を出し切って準備に専念しました。にもかかわらず、結果は大敗。無力感を感じましたね。自分は何も知らないんじゃないか?なんでこんなに弱いんだ?!こんなはずじゃない!と」この時に味わった屈辱感が、彼をAC獲得に駆り立てる原動力となっていると言う。 

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 2000年大会にはヤマハからは人を派遣しない、ということが決まった。「自分の手で1度はACを触ってみたい」と切望していた彼は、浜松と東京を行き来する1年を送った末ヤマハを辞職し、『ニッポンチャレンジ』と直接契約を結ぶ。その後は、03年大会の『ワンワールド』(アメリカ)、今回の『チームニュージーランド』と移籍し、艇のパフォーマンス解析を続けている。

 「全員で積み上げてきた成果が、白か黒かという形で決着が付くのが面白い。そこが魅力ですね。とにかく、今度こそは獲りたい!勝機はあると思っています」鹿取さんは士気溢れる口調でそう言った後「負けん気は人一倍強いもんで」とはにかんだ。


かとりまさのぶ : 67年8月26日生まれ、東京都出身。デザインチームのデータ解析部門で、艇のパフォーマンス分析(効率を測り、いかに速くできるかを見る)を担当。


写真:下の3枚は©Chris Cameron
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by zonajapon | 2007-03-17 15:35 | スペインの中の日本

J en E (スペインの中の日本) -10-

**この記事は、日西商業会議所発行の季刊誌「スペイン広報69号 2006年秋季号」に掲載されたものです**

 いよいよ来年6月、地中海に臨む街バレンシアで『アメリカズカップ(以下AC)』が開催される。同市では、11のシンジケートによるチャレンジャー決定のための前哨戦が2年前から繰り広げられているが、うち3つのシンジケートには、それぞれ日本人ヨットマンが所属し活躍している。

 まず、本誌でもお馴染みの早福和彦さん(BMWオラクルレーシング)、そして脇永達也さん(ルナロッサ・チャレンジ)と鹿取正信さん(エミレーツ・チームニュージーランド)の3人である。

 今回は、『ルナロッサ』(イタリア)のセールトリマーである脇永達也さんを紹介したい。

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Foto:Carlo Borlenghi

 彼がヨットを始めたのは9歳の時。近所に住む〝オジサン〟がきっかけだった。オジサンはヨット愛好家で頻繁にクルーズに誘ってくれた。はじめは週末だけ乗せてもらうという程度だったのが、次第に楽しくなり、中学の頃には競技としてのめり込むようになった。その後、高校、社会人と続け最終的にACを目指した脇永さんは、わが国でも屈指のキャリアを持つセーラーだ。

 「あの近所のオジサンがいなかったら、今ここにはいませんでしたね」と言う彼は、FD級、470級でロス、ソウル、バルセロナと3回連続の五輪出場を果たしている。ACは、95年と2000年の『ニッポンチャレンジ』、03年大会の『ワンワールド』(アメリカ)に次いで4度目の挑戦。

 脇永さんが担うのはいわば“艇のスピードを作る”ポジションである。誰よりも速く走るために、風の強弱に合わせセールを選択し調節する。「車のギアチェンジと一緒です。自分の仕事が勝敗に直結しますから責任は重いですよ。でもその分やり甲斐もあります」また、セール開発のための意見交換も常にセールデザイナーと行っているという。

 2000年大会でチャレンジャーとなった経験もある強豪『ルナロッサ』は、今大会に向けてバレンシアに一番乗りしたチームだ。04年の春からトレーニングを始め3シーズン目に入っている。「1年目はチームとして大きかった輪が、2年目、3年目とかなり小さくまとまってきています。正しい方向に進んでいますが、これをさらに凝縮させ1本の線にしていくという仕事がまだ残っています」

 この7月2日に終了した今年最後のチャレンジャー決定シリーズで、『ルナロッサ』はランキング3位。「本当の意味での勝負が始まるのはこれからです」と、彼は真剣な眼差しをこちらに向けた。「4月に進水した1隻目のマシンを5月のレースに出したのは、調子を試すのとレベルを見るためです。でもこれが僕らの最終兵器じゃありません。これから改造していきます。これを基準にして積み上げていった後もう1隻造り、それも改造します。遅いマシンでは絶対に勝てませんから」なるほど、勝負が始まるのはまさにこれからなのだ。

 同い年で元チームメートの早福さんに、ライバル意識は有るのだろうか?「対抗心というのは全然ないですね。逆に応援してますよ。ガンバレヨ!って。彼は本番のレースには乗っているべき選手ですから、僕も同じ土俵で戦えるトップレーサーでいたいと思っています。お互いがプロとして最高のパフォーマンスができた上で、レースで勝負がつくといいですね」2人はライバルと言うより叱咤激励しあう“仲間”なんだそう。脇永さんは、他のチームとあれこれ比較することより何より、己の仕事をきちんと全うするのが先決だと信じている。

 インタビューの最後に、これまでのヨット人生で最も嬉しかったことを問うてみた。彼は「まだないです。世界チャンピオンにはなりましたが、まだACに勝ってないの
で、ないです」とキッパリ即答。「どんなスポーツにおいても、選手は皆ココだ!という目標を持ってやっているはず。僕もそれに向かってまい進しているだけです」と続け、ニッコリ微笑んで颯爽と立ち去った。


わきながたつや:65年1月7日生まれ、山口県下関市出身。セールトリマーの役割は、セールを選択・調節し艇のスピードをコントロールすること。自動車に例えるとアクセルの働きをする。

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Foto:Simon Palfrader
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by zonajapon | 2006-12-23 19:40 | スペインの中の日本

J en E (スペインの中の日本) -9-

**この記事は、日西商業会議所発行の季刊誌「スペイン広報68号 2006年夏季号」に掲載されたものです**

この6月、あの坂本龍一氏がかなりの年月を経てマドリードを訪れた。17日にCentro Cultural de la Villaで行われたライブ『Insen』のためだ。前日、共演のソニック・アーティスト、アルバ・ノト氏(ドイツ人)と2人での記者会見があり、私も光栄なことに参加させてもらった。

会見というより懇談

 1ヶ月近くに及ぶEUツアーを超過密スケジュールで消化中の2人にしてみれば、行く先々で毎回大勢のマスコミに囲まれ、疲れているところ同じ話を繰り返し巻き返しするというのは、さぞウンザリなことだろう。
マドリードでも当初、会見なしの予定だった。しかし、『世界のSakamoto』がわが街に来ると聞きつけ浮き足立ったのは私だけではなかったようで、執念深く連絡を取った数社だけが許可をもらえ、30分のみという制限付きでお話を伺えることになった。会見というよりは『懇談』である。

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 メンバーは、EFE通信とテレビシオン・エスパニョーラのTVカメラに、大手新聞社のカメラマンが数人、音楽関係の記者数人と私。英西の同時通訳が入り、スペイン語で質問し英語で答えるという形で行われた懇談で、やはりテーマは、2人が提示する実験的最先端音楽や、翌日のライブに集中した。

 だが、私には他に質問したいことがあった。

 ここ数年の坂本氏の作品には、反戦や平和へのメッセージが明確に盛り込まれている。むろん、彼らしく洗練された表現方法でではあるが。
また、青森県六ヶ所村にある核燃料再処理工場の危険性をインターネットと音楽&アートで世界に知らせようと、『STOP ROKKASHO(http://stop-rokkasho.org)』という興味深いサイトを立ち上げたばかりである。今は英語のみだが、近々日本語ページも開設される予定。この再処理工場からは、なんと1日で通常の原発から出る1年分の放射能が排出されているという。そして、日本のおおかたのマスコミは口をつぐんだままなのだ。
そんな中、自身のラジオ番組(J-waveで放送の『Radio Sakamoto 』)では、ドキュメンタリー映画『六ヶ所村ラプソディ』の鎌仲ひとみ監督との独占インタビューをオンエア。これは番組サイト(http://www.j-wave.co.jp/original/radiosakamoto/)のPodcastで配信されているので、是非チェックしてもらいたい。

 坂本氏のような立場の人が、こういった問題に対して声を上げていく意義は、計り知れないと思う。私は、この変化がもたらす作品・活動への影響や、彼の『思うところ』が聞きたかったのだ。

 「おっしゃるとおり、環境問題や放射能汚染について危惧しています。僕らの、そして子どもたちの将来に関わる一連の事情について、不安を抱いています。正直言って僕は、『音楽』はあくまで純粋に音楽であって欲しい、そこに政治・社会的な意図は含まれるべきじゃない、と思っています。でも2年ほど前から考え方を変えたんです。というのは、僕が取れる唯一の手段というのは『音楽』しかない、ということに気が付いたから。ミュージシャンとして、また父親である1人の人間として、このような活動を支援していきたいのです」

 そう答えた後、彼は鞄から『STOP~』のポストカードを取り出し、報道陣に向かってニッコリ微笑んでみせた。

ライブ『Insen』の模様

 市内コロン広場地下の会場には、大勢のファンが詰め掛けた。満席のホールには若者の姿が目に付く。ステージの配置は、向かって左にグランドピアノ、右には2台のマック、中央に横長のスクリーンといたってシンプルだ。

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 ライブは、坂本氏が紡ぎ出すアコースティックなピアノの音(ね)と、ノト氏が作り出す近未来的な電子音+映像との競演だった。どこまでも穏やかで美しいピアノに、時に心臓の鼓動のように、タイプライターのように、嵐のように、また宇宙船のモーターのように聞こえる人工的サウンドが幾重にも絡み付く。それらの音と完璧にシンクロして、スクリーンに映し出される抽象的なイメージが刻々と姿を変えてゆく。一方の照明も、透明で力強い緑、赤、青、白と変化する。

 最後列のど真ん中で観ていた私は、摩訶不思議で気持ちのいい空間を浮遊しているような感覚に終始包まれていた。そこは、咳をするのさえはばかられるほど静かで深遠なスペース・・・。普段は騒々しいスペイン人オーディエンスが、物音1つ立てず聞き耳を立てていたのがとても印象的だった。1曲終わる度に割れんばかりの拍手が贈られる。

 ライブ本編は1時間余りと短めだったが、アンコールは計3回というサービスぶり。最後はお馴染みの『Merry X’mas Mr. Lawrence』のInsenバージョンを披露してくれ、28年来のファンである私の目からは、ああ、熱いものが溢れたのだった。
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by zonajapon | 2006-09-10 00:40 | スペインの中の日本

J en E (スペインの中の日本) -8- 

**この記事は、日西商業会議所発行の季刊誌「スペイン広報67号 2006年春季号」に掲載されたものです**

  彼のことは随分前から噂には聞いていた。日本の伝統楽器『尺八』を自在に操るスペイン人の男の子がいると…。この3月、縁あってようやく本人と対面することができた。

  アントニオ・オリアス(Antonio Olías)君、30歳。そう大柄ではなくとってもオシャレ、物腰はソフトなのに中心には太くて強い筋が1本通っている…、そんな印象の彼が尺八にとりつかれたきっかけは一体何だったんだろう?
「友人宅でたまたま見た映画『Baraka(Ron Fricke監督92年制作のドキュメンタリー)』に尺八の音が挿入されてて、それを聞いた時に雷に打たれたような衝撃を感じたんだ。心を鷲づかみにされたと言うか、深いところに染み入ってその音が頭から離れなくなった。僕の人生を変えた映画だよ」

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  それから1年後の2000年、人生の巡りあわせから半年間、オーストラリアはメルボルンに滞在することになったアントニオ君は、これぞ天命!とばかり尺八のコースを受講する。なんでもあちらは、尺八をはじめ日本文化普及に関するさまざまな活動がたいへん盛んなんだそうだ。1日8時間みっちり練習し、やっと音らしきものが出るようになるまで数週間はかかったという彼は、その後も日本・イギリスと舞台を変えながらも尺八道の鍛錬を続けてゆく。

  「日本に行けたのは奨学金のおかげ。でも、出発直前までお師匠さんも住む所も決まってなかったんだ。それが3日前にトントンっと奇跡的に解決して、蓋を開けてみたらほんとうに素晴らしい体験の数々が僕を待っていた。例えば尺八は、古典である本曲とコンテンポラリーな楽曲をそれぞれ別の先生に学んだんだけど、2人とも若くオープンなメンタリティの持ち主で、あたかもの友人のような態度で指導してくれた。これは日本の師弟制度を考えると並外れた幸運だと言えるよね。他にも外人ハウスで育んだ日本人住人との友情や、僕の余興演奏を聞いて感動してくれた人々…。みんな一様に上手い!と言ってくれて、目を閉じて聞いていると僕が外国人だとは思えないと。なにより励みになったよ」

  京都ではある仏閣の広大な竹林に分け入った。立ち入り禁止エリアだったのだが、そこにある空気を全身で感じたかったアントニオ君は、垣根をまたぎ奥へ奥へと進んだ。大竹の群の中に身を置くのはもちろん初めての経験で、ここで自分にとってなぜ尺八が特別な楽器であるのか理解できたのだという。緑陰の世界の中で言葉で説明しろと言われてもできない何か、そう、異次元から伝わって来るエネルギーのようなものをそこで享受したのだと。
彼はオーストラリアのDidgeridoo、スロバキアのFujara、南インドのMorchangなど各国の民族的な管楽器や、モンゴル特有の倍音唱法Khöömiiも演奏もするのだが、尺八に関しては「世界でも類を見ないほど難しい楽器。でもやっと自分のHerramienta(道具)が授けられた」と考えている。

  近ごろとみに増えてきたコンサートでも他の管楽器は演奏するものの、基本は何をおいても尺八に置いている。そう、彼は『尺八奏者』なのだ。最近になってコントラバスとのユニット形式のライブも始めた。私も1度聞かせてもらったが、尺八の深遠な響きに控えめながらも重厚に絡むコントラバスが『大人の寂』という感じで、かなりステキだった。

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  今でも少なくとも1日4時間の練習は怠らない彼が目指すのは、『自分の音、アントニオの音』を紡ぎ出すこと。究極の目的である。生涯かけて臨むつもりだという。「あなたはスペイン人なんだから、まずは何かスペインっぽい音との共演とかが第一歩になるのでは?」との問いに、「そうなんだよ。ここに来てフラメンコを習い始めたんだ。アーティストとの即興とか演奏を通じて、自分のふり幅を大きくするためにもね」と真っ直ぐ応えてくれた。アントニオ君の目に一切の迷いがなかったことに、私はとても嬉しくなったのだった。


写真:マドリードの総合温泉施設『エル・ボスケ(El Bosque)』のディナーにて…
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by zonajapon | 2006-05-02 02:24 | スペインの中の日本

J en E (スペインの中の日本) -7-

**この記事は、日西商業会議所発行の季刊誌「スペイン広報66号 2005年冬季号」に掲載されたものです**

さすがに芸術の秋は、スペインでも日本関連のイベントが目白押しだった。特に2005年は『日本・EU市民交流年』ということで、ビッグネームの来西や興味深い催しが盛りだくさん!でウレシイ限り。そんな中今回は、スペインを訪れた欧州在住の日本人アーティストを2人紹介したい。2人とも女性だ。

まずは、ロンドン在住の書家・日本画家の屋良有希(公式サイトwww.yukkiyaura.com)さん。
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私たちの出会いは2年前に遡る。ボディペインティングのデモンストレーションでマドリードにやって来た彼女にインタビューを申し込んだのだ。その時有希さんは「書もやっているのですが本業は日本画と水墨画です。私の活動は江戸時代のものをベースにしていまして、文字も江戸文字を使っています。当時の画家というのは、画と書の両道に習熟していたんですね。今回は私にとってはほんの余興と言いますか、本業を離れたところで参加した映画(鬼才ピーター・グリナウェイ監督の『枕草子』で、清少納言の言葉を登場人物の体に毛筆で書いた) の仕事が予想以上に好評だったため、そちら系のアーティストとして招聘されたような次第でして・・・」と戸惑いをかくせない様子だった。が、この10月に再びオリエンタル・ボディペインターとして来西した彼女「スペインじゃ、私、裸に字を書く人としか思われてないみたい。この後バルセロナでも同じようなイベントをするのよ」と、屈託なく笑っていた。本人いわく「イメージが一人歩きしている」ということだが、私はこのオリジナル・アートとっても好きだ。古式さとモダンさが融合した『粋』な香りがするもの。

さて、もう1人は『ツジちゃん』ことツジコノリコさん。彼女は3年前からパリを拠点に活躍しているシンガーソングライターで、最近日本でも逆輸入感覚で人気が出てきているアーティスト(公式サイトhttp://tujikonoriko.com/)。
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やはり10月に、スペインでは3度目になるライブをマドリードで行った。小さな会場をギッシリ埋めたファンが、静かに大切そうに彼女の幻想的な歌声に聞き入っていたのが印象的だった。「20歳くらいの時知り合いの曲で歌ったことがあって、それが面白くて。ちょうど当時の彼氏も作曲してたから、シンセサイザー借りて作ってみたらこれまた面白くて。私ってシャイだけど厚かましいから、人に聞かせたくなるの。皆と共有するのって楽しいじゃない?」と語るツジちゃん。次なる夢はなんと映画作り。「音楽も好きだけど、映画は全然やった事ないからワクワクする。私がラップトップや楽器を使って音楽を作り始めた時みたいに簡単にできちゃうんだから、皆も映画を作ればいいのに」と、処女作『砂、そしてミニハワイ』をはやばやと完成させてしまった。全編50分のミニ映画は、この秋東京のカフェ・シアターで公開され好評を博している。苦労なしの人生に見えるが、それは彼女のフワフワしたキャラクターのせいだろう。掴みどころのない可愛い人だった。

最後に、番組の再放送スタートのお知らせを。日時は毎週金曜日の10:30~11:00で、日本だと17:30~18:00(夏時間)か18:30~19:00(冬時間)の放送になります。

今年もご愛聴のほど、よろしくお願いいたします。
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by zonajapon | 2006-01-02 07:05 | スペインの中の日本


ソナ・ハポン(Zona Japon)は、マドリッドのFM局 "ラジオ・シルクロ100.4FM" にて放送のジャパンカルチャー紹介番組です!      (09年で一旦終了)www.radiocirculo.es
お知らせ
● Yukki Yaura さんとのコラボ、松嶋翻訳のオールカラーe-book “HAIKU Poemas ilustrados”発売中!!

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● 07年-08年シーズン放送のPepi Valderrama嬢による「日本-スペイン文化比較」、Yukki Yaura女史による「環境をめぐる日本と日本人の事情」はPod Casting専用ブログhttp://zonajapon.cocolog-nifty.com/blog/でお聴きいただけます!

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