**この記事は、日西商業会議所発行の季刊誌「
スペイン広報70号 2007年冬季号」に掲載されたものです**
今回は、今年6月にバレンシアで開催される『アメリカズカップ(以下AC)』に参戦するもう1人の日本人ヨットマン、鹿取正信さん(エミレーツ・チームニュージーランド所属)を紹介しよう。『チームニュージーランド』は、2004年から3年にわたって行われているチャレンジャー決定シリーズで、ランキング1位に就けるシンジケートだ。
セーラーの早福和彦さん(BMWオラクルレーシング)と脇永達也さん(ルナロッサ・チャレンジ)は、ACのいわば〝ソフト〟分野で活躍するヨットマンだが、鹿取さんは〝ハード〟分野である艇に係わるスペシャリストである。正確な役職名は、パフォーマンスアナリスト。
ACに使用されるのは『国際ACクラス』と呼ばれるこの大会独自の特別艇だ。1隻造るのにおよそ2万時間を要するこのハイテクマシンは、帆走の度にそのパフォーマンス状態がデータとして蓄積される仕組みになっている。風の力や速さ、マシンの歪みやスピードといった細かで膨大なデータは全てが数字で、専門家でなければ理解できない。鹿取さんはこれら難解なデータをチームメートが分かる形に〝翻訳〟し、艇を改良するため分析している。
と言うとまるでオフィスワークのように聞こえるが、とんでもない、彼は1日の大半を海上で過ごしている。チームが毎日行うテストとトレーニングをサポート船で伴走し、艇からフィードバックされるデータをその場で解析。夕方入港した後大急ぎで資料を作り、彼が結果報告を行うところから全体ミーティングが始まるんだそうだ。
今回で4度目のチャレンジとなる鹿取さんとACとの出会いは、学生時代に遡る。「大学では船舶工学を専攻してたんですが、なにせサッカー漬けの毎日で(笑)、全く勉強していませんでした。就職活動を目前にしてこりゃいかんと、研究室の先生に相談に行ったんです」偶然にも研究室は、92年大会の日本からの挑戦艇プロジェクトに協力していた。
船舶とスポーツ、これまで自分がやってきたことが1つになったACを知った彼は、「そんな面白いものがあるのか!?」と目から鱗が落ちる思いだった。「まだ日本では未知の領域だから自分にもチャンスがあるに違いない」と、足掛かりを作るために大学院に進みヨットのセール研究に勤しむ一方で、様々な関係者に話を聞きに行った。最終的に、当時日本チームの艇を造っていたヤマハ発動機に就職し、実験部門に所属。翌年には早くも次大会のスタッフとしてACに参画できる幸運が巡ってくる。
鹿取さんはデザインチームの一員として、艇の水槽実験やデータ解析を担当し、94年からは開催地のサンディエゴに常駐した。「自分にとって初めてのACだったので、全力を出し切って準備に専念しました。にもかかわらず、結果は大敗。無力感を感じましたね。自分は何も知らないんじゃないか?なんでこんなに弱いんだ?!こんなはずじゃない!と」この時に味わった屈辱感が、彼をAC獲得に駆り立てる原動力となっていると言う。
2000年大会にはヤマハからは人を派遣しない、ということが決まった。「自分の手で1度はACを触ってみたい」と切望していた彼は、浜松と東京を行き来する1年を送った末ヤマハを辞職し、『ニッポンチャレンジ』と直接契約を結ぶ。その後は、03年大会の『ワンワールド』(アメリカ)、今回の『チームニュージーランド』と移籍し、艇のパフォーマンス解析を続けている。
「全員で積み上げてきた成果が、白か黒かという形で決着が付くのが面白い。そこが魅力ですね。とにかく、今度こそは獲りたい!勝機はあると思っています」鹿取さんは士気溢れる口調でそう言った後「負けん気は人一倍強いもんで」とはにかんだ。
かとりまさのぶ : 67年8月26日生まれ、東京都出身。デザインチームのデータ解析部門で、艇のパフォーマンス分析(効率を測り、いかに速くできるかを見る)を担当。
写真:下の3枚は©Chris Cameron