**この記事は、日西商業会議所発行の季刊誌「
スペイン広報73号 2007年秋季号」に掲載されたものです**
ずいぶん前から、マドリードに山澤伸(やまざわしん)さんというフォトグラファーがいると聞いていたが、これまでお会いする機会に恵まれず時だけが流れていた。
ところがこの春、日本の某雑誌が “スペイン初の日本人DJ”として私を取り上げてくれ、そのカメラマンとしてスタジオに現れたのが偶然にも彼だった。「もうすぐボクの写真展が開催されるんだ」と仰るので、「じゃあ、ぜひ番組でお話を聞かせてください!」と話はとんとん拍子にまとまり、個展オープニングの翌日、生放送に出演いただいた。
5月9日~25日までマドリードの“ガリレオ文化センター”で行われた写真展のタイトルは、“カプリチョ・デ・コロール(色の戯れ)”。これは山澤さんが、92年~2003年まで毎年サン・イシドロ祭で撮り続けてきた闘牛シリーズで、今回のを含むと5回目の個展となる。全76点のうち21点が展示された。
中でも目を引いたのが、“フリップ”という素材を使って3枚の写真を1枚に収めた作品。1mx75cmの大判の写真の前をゆっくり移動すると、トレロが膝をついてムレタを操っているシーン、とどめを刺そうと構えているシーン、そして、まさに剣がトロの奥深く差し込まれたシーンが、立ち位置に応じて変わっていく仕組みになっている。アーティスティックな写真をこういったキッチュな素材にプリントする、という意外性は完全に成功していて、会場を訪れた誰もがこの遊び心に脱帽したのだった。
「インスピレーション源は、ボクが最も尊敬する画家・ゴヤの闘牛シリーズ“タウロマキア”と、小学校の美術の教科書で見て以来網膜に焼きついて離れない、“アルタミラの壁画”のビソンテたちの躍動感なんだ」そう。声を大にして言いたいが、彼の作品はこれまで私たちが見慣れている闘牛写真とは、全く異なるものだ。“写真”というよりぱっと見“絵画”のような印象を受ける。
「新聞や雑誌に載っている写真は“ドキュメンタリー”っぽい、と感じていた。主役はあくまで闘牛士。誰が、いつ、どこでやって、どういう結果になったかということに焦点が当てられている。TVの中継も同じ。血がドクドク流れているシーンや殺すシーンがクローズアップされて、あれじゃ生々しさや残酷さの方にどうしても注意が行ってしまう」。
だから闘牛には別段興味を持っていなかった。ところが、コリーダ好きの親戚に招待されてベンタス闘牛場を訪れてみると、そこにはTVに映ってなかった“闘牛以外の実にさまざまなこと”が繰り広げられていた。場を和ませのどかなアイレを醸し出す楽隊の伴奏や、持参のボカディージョを頬ばり、ビーノを回し飲みし、見知らぬ外国人にも往年の親友よろしく話しかけてくる観客たち・・・。「自分のいる空間が20世紀末のものとは思えなかった。ゴヤの時代にタイム・スリップしたかのようだった」。
と、徐々に“牛のなぶり殺し”ではなく“生と死、命がけの一世一代の勝負”を観戦する喜びが分かってくると、闘牛をもっと“総合的”に“文化”として捉えられるようになった。そして「この“クルトゥーラ”を自分の写真で表現したい」と撮り始めたのが、“カプリチョ・デ・コロール”だ。
ここに作品を2枚お借りしたが、ご覧のように、被写体が何という名の闘牛士なのかは重要視されていない。
「この30年間こだわり続けてきたことは、自分の色を出すこと」。そう言い切る山澤さんの写真の色、光はさすがに美しい。私は鮮やかで、生きていて、透明感があり、かつ深みある色に惹かれるが、彼のコロールはその条件を十分に充たしているように思う。キーになる現像所に関しては、今でも妥協はしない。というか、できない。嫌がられようがケンカしようが、納得する色に焼きあがるまで何十回でもやり直してもらう。
このシリーズの他にも、山澤さんがじっくり取り組んできたアート写真は多い。それらは彼のWebサイト
www.shinyamazawa.comでたっぷり堪能できるので、ぜひともチェックを!
下の写真2枚:©Shin Yamazawa